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旧日本軍が作成した驚くべき地図遺産に注目してほしい

今年も8月の広島・長崎の原爆の日が近づいてきました。

昨日、8月4日にNATIONAL GEOGRAPHIC の日本版のサイトに驚くべきニュースが掲載されました。

「米国で見つかった日本の軍事機密「地図」14点」という記事です。→サイトはこちら

以下は、その記事の冒頭の文章の一節です。(引用)

第二次世界大戦後、日本を支配下においた米軍は、日本の軍事機密となっていた地図とその原版を大量に接収し、米国に送っていた。その地図が近年発見され、注目を集めている。

日本軍の地図はアジアの多くの地域を網羅し、地形に加え、気候、輸送システム、現地の生活の情報が詳細に記されていた。こうした情報は侵略や占領の計画立案に使われたと思われ、一部には敵国に送り込まれたスパイが収集したものもある。

これらの地図は「外邦図」と呼ばれるもので、米国にとって諜報活動に役立つ貴重な資料となった。敗戦国の情報だけでなく、新たに台頭してきた敵、すなわちソビエト連邦の情報も含まれていたからだ。米国陸軍地図局は、こうした戦略上重要な資産を1カ所に保管しておくのは無謀と考えた。核攻撃でも受けようものなら、すべてが失われてしまう。そのため外邦図は、図書館や施設など全米数十カ所に分散して保管された。

これらの地図は、アメリカのスタンフォード大学の構内にあるフーバー研究所の書庫で見つかったということですが、驚くべきは、旧日本軍は1870年ごろからコツコツとアジア全土の地図を作成していたということです。

さらに、驚くべきは、これらの旧日本軍の国家機密であった地図を、終戦後、アメリカの占領軍が地図とその原版をすべてアメリカ本土に持ち帰り、機密文書として保管していたという事実です。

今から考えれば、昔の歴史を感じさせるものですが、その地図の精巧さと、旧日本軍が秘密裏にアジア各国に派遣した測量部隊が、どうやってこのような精巧な地図を作成できたのかが不思議でなりません。

江戸時代、伊能忠敬に代表される日本の地図作成技術が、明治時代の列強ひしめく植民地時代の中で、日本のアジア戦略を考えるための技術として使われたことは間違いありません。

そして、第二次世界大戦の終結時に、日本ではすべての機密文書が焼かれ、これらの地図が現存していないにもかかわらず、敵国であったアメリカでは大切に現在まで保管されていたという事実に、歴史のいたずらを感じざるを得ないのです。

 

スタンフォード大学は、8000点の日本軍の作成した地図をウェブ上に公開しています!

上記のニュースに掲載された地図は14点ですが、実はスタンフォード大学のライブラリーのページに行くと、旧日本軍が作成した地図8000点を直接見ることができるのです。

外邦図:日本帝国地図 (下のリンクをクリックしてください)
Gaihōzu: Japanese Imperial Maps

Stanford University Libraries holds a large collection of Japanese military and imperial maps, referred to as gaihōzu, or “maps of outer lands.” These maps were produced starting in the early Meiji (1868-1912) era and the end of World War II by the Land Survey Department of the General Staff Headquarters, the former Japanese Army. The Library is in the process of scanning and making available all of the maps in the collection. This portal allows you to search for the maps geographically through an index and then download the images at multiple resolutions.

この文章によると、明治時代から第二次世界大戦終結時までに作られたものと記述されています。

こちらのページに行っていただくと、7ページ、76か所の地図が表示されています。

興味深いのは、それらは現在の地図ではなく、戦前の地図であるということです。

もちろん、朝鮮半島、中国、東アジアの島々など、広範囲の地図を見ることができます。

その中には、日本全土の地図(3ページ目の1番最初)もあるんですね。

それでは、こちらの地図をみてください。→日本全土の地図

これらの地図の中の小さなコマ1つ1つが1つの地図になっています。

その1つのコマをクリックすると吹き出しが出ますので、その中の「詳細」をクリックしてください。

詳細をクリックすると地図が出てきます。

そして、何よりもすばらしいのは、以下の機能です。

日本軍地図サイト

全画面を元のサイズに戻したいときは、キーボードの「ESC(エスケープキー)」を押してください。

ちなみに、「町田と八王子」の地図を見つけました。→ 町田と八王子の地図

下はそれを埋め込んだものです。

このころは、町田は原町田駅になっていますし、まだ町田の町は小さいですね。これに対して八王子の町は大きそうです。(当然、成瀬駅はありません。小田急線もありません。)

皆さんも自分の生まれた町や現在住んでいる町が、昔どんなだったかを、このスタンフォード大学のサイトで調べてみてください。

きっと感動すると思いますよ!
ポケモンGOもいいけど、過去の日本にGOも面白いよ。

ヨーコさんの言葉 ~こころが正直になれる言葉~

あなたは、「ヨーコさんの言葉」を知っていますか?

え~!そんな言葉、知らないよ~。

という人も、安心してください。

意外とみんな知りませんから。

夜型の私が深夜にNHKのEテレを見ていたら、突然この番組に出会いました。

そう、Eテレで放送されている番組なんです。

ヨーコさんというのは、絵本作家の佐野洋子さんのことです。

「100万回生きたねこ」という絵本で有名な方です。

「ヨーコさんの言葉」というのは、「こころが正直になれる言葉」と言った方がいいでしょう。

この番組、まずお目にかかれないという人のために、なんとインターネットで見ることができます。

こちらです。

http://www3.nhk.or.jp/d-station/program/yokowords/

動画になっていますので、パソコンで再生してみることができます。

ちょっと疲れている方も、少し元気になれるかもしれません。

ドクターペッパーを飲んだことがありますか?

ドクターペッパー

ドクターペッパー(Dr Pepper)を突然目にしたのは、朝だった。

ノコテック・ラボのあるビルの1階の入り口に、自動販売が設置されているのをご存じだろうか。
(たぶん、知らない人がほとんどだろうけど・・・)

いつもは素通りする自販機の中に、キラッと光る白い文字、日頃目にしたことのない文字列がちらっと横切った。

梅雨が始まり、湿気の高い朝だったので、いつもだったらコーラでも買っていこうかと考えるのだが、その日だけは暑さも引き飛ぶ感動があった。

「ドクターペッパー」。。。

ペッパー警部ではなく、ペッパー博士が目の前にいるではありませんか。

それから先の記憶はさだかではないが、気が付けば、事務所の中でドクターペッパーを片手に持って立っていた。

昔、アメリカで飲んだドクターペッパーの懐かしい味は、すでに忘れてしまっていたが、飲んでみると以外と飲みやすく、昔感じた薬みたいな味は全くしなかった。

むしろ、一言でいうと、フルーティーなコーラと言っても過言ではない。

どの飲み物にもたとえようのない飲み物でありながら、不思議に懐かしい味がする。

そんなドクターペッパーが、ノコテック・ラボのある建物の1階にある自販機で買えるのです。

もしかしたら、自販機での販売数が少なくなると、あっというまに消えてしまうかもしれません。

この夏、あなたもこの感動を味わってみませんか?

今年も恩田川の桜を見ることができました

例年と違って、気温が一気に高くなったことで、今年の桜は一気に花開いたものが多かったようです。

町田の成瀬駅から歩いて10分程度のところにある恩田川の桜を、先週のはじめに見に行くことができました。

町田・恩田川の桜

町田・恩田川の桜

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町田・恩田川の桜

相変わらず、壮大な桜の風景です。今年も花見の方はすごく多かったです。

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昨日、NHKのEテレの「サイエンス・ゼロ」という番組で、「ソメイヨシノ」がどうやって生まれたのかというテーマをやっていました。

そこで驚いたのは、日本のソメイヨシノの原木は、日本に自生する2つの桜から生まれたもので、その原木は江戸時代の江戸で偶然に出来たみたいです。その後、その原木から日本中の桜は接ぎ木の技術を用いて増やされてきたということです。

今のように、ソメイヨシノの桜が日本全国のどこでも見られるようになったのは、江戸時代の植木職人さんのおかげのようなのです。

もしかしたら、江戸の中心で生まれたソメイヨシノの木の枝から苗木を作って、それを参勤交代で江戸に来た大名が、各地に持って帰って、さらに増やしたのかもしれません。

世界中にある桜の木も、日本から寄贈されたものですが、なぜソメイヨシノだったのかというと、ソメイヨシノの桜は、花の綺麗さもありますが、繁殖力が強く成長もはやいということで、環境への適応力が高い桜だったからということもあるようです。

パソコンの壁紙ではありませんが・・・

春になってきたということで、壁紙をカラフルにしてみました。

パソコン壁紙

机から、木が生えてきた・・・という設定です。

壁紙も季節によって変化してきたら、面白いですよね。

最近になって、個人的に興味がでてきたのが「野鳥」です。

JR横浜線の成瀬駅は、鳥のさえずりが駅の構内にずっと鳴っているんですよ。

私が今一番好きな野鳥は、「ハクセキレイ(白鶺鴒)」です。

こんな鳥です。黒と白の尾っぽを上下に振って歩くのが特徴です。

よく道路を歩いていて、あまり人を怖がらない性格のようです。

歩き方が面白くて、とてもすばやく歩きます。

9か月かけて赤毛のアン11巻を読み終わりました

赤毛のアン

昨年話題となった「花子とアン」を見て、原作の「赤毛のアン」を読みたいと思い立ち、読み始めてほぼ9カ月が経ちました。

昨日、やっと最終巻である11巻(下)を読み終わり、感慨無量といった気持です。

なぜ、9か月間もかかったのかというと、電車に乗っている時しか読んでいないからです。

とぎれとぎれに読むものだから、話の内容を忘れて、少し戻っては読み返すというように、遅遅として進まない読書でしたが、「赤毛のアン」のすばらしい文章と物語は、最後まで飽きることのない魅力に溢れており、集中して読むことができました。

NHKの朝ドラの「花子とアン」の中では、カナダ人の先生から託された「赤毛のアン」を村岡花子さんが必死に訳している姿が描かれていましたが、「赤毛のアン」の物語の内容は一切語られていませんでした。

村岡花子さんは1893年(明治26年)に山梨県の甲府市で生まれ、東京の東洋英和女学校で英語を学び、その後、少年少女のために向けた外国の文学の翻訳を行うこととなります。

戦時中に赤毛のアンを訳し終えますが、戦時中ということで日の目を見ず、1952年になって初めて「赤毛のアン」として世に出版されました。

原作は、カナダの作家のモンゴメリーで、タイトルは「Anne of Green Gables」(緑の切妻屋根のアン)というわかりにくいタイトルでしたが、日本では出版社の意見もあって「赤毛のアン」というわかりやすいタイトルになりました。

モンゴメリーの作品をその後も訳し、赤毛のアンシリーズをほぼ訳し終えた後も、多くの児童文学を日本語に訳し、1968年、その生涯を終えました。

村岡花子さんは、1926年、幼い長男を病気で亡くしましたが、その後、妹の子供(村岡みどりさん)を養女として育て、その子(孫)にあたる村岡美枝さん、村岡恵理さんが生まれました。

東京都大田区にある「赤毛のアン記念館・村岡花子文庫」は、1991年、村岡みどりさんにより設立され、現在は、村岡美枝さん、村岡恵理さんによって管理されています。

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「赤毛のアン」というタイトルは知っていても、その本を読んだことがある人は、以外と少ないのではないでしょうか?

また、1巻~3巻までのアンの少女時代だけの物語はよく知られているのですが、アンが結婚してからの物語や、アンの子供の物語や、アンのまわりの人たちの物語については、読んだことがない人が多いと思います。

作者のモンゴメリー(ルーシー・モード・モンゴメリ)は、1874年、カナダの東部にあるプリンスエドワード島で生まれました。モンゴメリーは幼児の頃、母を失い、父も遠くにいってしまったため、母方の祖父母に預けられて育ちました。15歳のころ父といっしょに住むようになったのですが、継母から子守りと家事手伝いを命じられて苦しい日々を送ります。

18歳で中等教育を終えたモンゴメリーは、大学に進学し、教員の資格を取得します。島に帰ってしばらくは教員の仕事をするのですが、1898年に祖父が死に、その祖父のやっていた郵便局の仕事を引き継ぐことになります。残された祖母の世話をしながら、短編作家としての経験を積み、1908年、長編小説である「赤毛のアン」を出版して、世界的に有名となります。

その後、36歳で長老派教会牧師ユーアン・マクドナルドと結婚し、その後アンの続編を書きます。しかし、晩年は、うつ病になったといわれており、1942年にトロントで亡くなっています。

このモンゴメリーの人生は、「赤毛のアン」に出てくるアンの物語と非常に似ており、本を読む中で当時の時代背景や、教会の問題、結婚や家の問題、戦争の問題などにモンゴメリ自身が葛藤を覚えながら書いていることが感じられてきます。

逆に言えば、1900年代初頭のゆったりした時代から、第1次世界大戦から第2次世界大戦のような殺伐とした時代に至るまでの変化の歴史と、モンゴメリ自身の経験が、「赤毛のアン」という小説を作っているともいえます。

そういう意味で、「赤毛のアン」を読むことで、その時代をじかに感じることができ、それこそが魅力になっているのではないかと思います。

「赤毛のアン」の最終巻である11巻は、第2次世界大戦中に出版されたこともあり、戦争への批判的な部分が原作から削除されて出版されていたことが、後世になってわかりました。

そのため、最後の11巻(アンの思い出の日々)は、2009年になって出版され、日本語版は、村岡美枝さんの翻訳で2012年に発売されています。

最後に赤毛のアンの全巻を紹介しておきます。

  1. 赤毛のアン―赤毛のアン・シリーズ〈1〉 (新潮文庫)
  2. アンの青春―赤毛のアン・シリーズ〈2〉 (新潮文庫)
  3.  アンの愛情―赤毛のアン・シリーズ〈3〉 (新潮文庫)
  4.  アンの友達―赤毛のアン・シリーズ〈4〉 (新潮文庫)
  5.  アンの幸福―赤毛のアン・シリーズ〈5〉 (新潮文庫)
  6.  アンの夢の家―赤毛のアン・シリーズ〈6〉 (新潮文庫)
  7.  炉辺荘(イングルサイド)のアン―赤毛のアン・シリーズ〈7〉 (新潮文庫)
  8.  アンをめぐる人々―赤毛のアン・シリーズ〈8〉 (新潮文庫)
  9.  虹の谷のアン―赤毛のアン・シリーズ〈9〉 (新潮文庫 モ 4-49)
  10.  アンの娘リラ―赤毛のアン・シリーズ〈10〉 (新潮文庫 モ-4-50)
  11.  アンの想い出の日々〈上〉―赤毛のアン・シリーズ〈11〉 (新潮文庫)
  12.  アンの想い出の日々〈下〉―赤毛のアン・シリーズ〈11〉 (新潮文庫)

興味がある方は、是非読んでみてください。

パシフィコ横浜の「CP+」に行ってきました

パシフィコ横浜で開かれているカメラ関連の展示会「CP+」に今年も行ってきました。

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たまたま行ったのが土曜日だったので、かなり混んでいましたがそれほど待たずに入場できました。

今回目にした新しい製品は、Canonの「Connect Station CS100」というものです。

Canon CS100

この機器は、例えていうと、近距離無線通信機能(NFC)と無線LANを備えた1テラバイトのハードディスクで、カメラを近づけるだけで、撮影した写真をハードディスクに取り込むことができ、さらにその写真を日付やカメラの種類別など自動で保存してくれます。また、HDMI端子を持っているので、テレビなどで直接写真を見ることができます。

この商品の一番のポイントは、写真を保存したり、整理したりするのに、パソコンを用いる必要がないということです。

NFCというのは、Near Field Communicationの略で、すでにSUICAやPASMOで使われている非接触型の通信技術のことです。最近は、NFC機能を持ったカメラが発売されるようになっていて、カメラをこの機器に近づけるだけで、写真ファイルのデータが自動で転送されるということだそうです。

カメラの裏に「NFCマーク」が付いていれば、対応できるそうですが、残念ながら私の古いカメラでは無理のようです。

この機器の詳しい説明が知りたい方は、こちらのPDFを参照してください。

CP+の会場は、例年は1階部分だけの展示なのですが、今年は2階の会場に写真の展示や、アウトレット販売などもあって、機器関連とそれ以外を分けていたようです。

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昔なつかしいカメラたち

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2階の会場入り口 (親子連れですね~)

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ジャングル大帝みたいな風格の猫 (写真の展示会場にて)

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肩と腰の柔軟体操をする猫 (写真の展示会場にて)

今年も、かなり盛り上がっていた展示会でした。

毎年、この時期に横浜で開かれているので、興味のある方は、来年行ってみてください。
ホームページでCP+を検索すれば、無料で入場できる申し込みがあります。

ノコテック・ラボの入り口の扉をデコしたよ~

昨年から、ノコテック・ラボの入り口の扉のペンキが剥げて、みすぼらしい姿になっていました。

不動産屋さんに相談して、数か月前に扉のペンキの塗り替えをお願いしたのですが、なんとも「のんびり」な対応で全く音沙汰がありません。

そこで、新年ということで、思い切ってデコレーションしてみました。

ノコテックの入り口

ちょっと面白いでしょう!

インテリアの壁紙用のシールで作ってみました。

今年もノコテック・ラボをよろしくお願いいたします。

とうとう出た!味噌汁が自販機に

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なんとすばらしいことでしょう。

あの味噌汁が「野菜スープ」と「大納言しるこ」の間に登場しました。

この自販機はJR町田駅のホームにありました。

さっそく購入して飲んでみました。中には小さなお豆腐も入っていました。

味は、確かに味噌汁でしたが、缶で飲むと味噌汁も「スープ」みたいでした。

朝、寝坊して味噌汁を飲めなかった人にお薦めです。

町田市成瀬・恩田川の桜の風景です

先週末に少し時間があったので、恩田川の桜を見てきました。

満開を過ぎて、すでに散り始めていましたが、たくさんの人でにぎわっていました。

恩田川の桜の景色です。
町田市成瀬恩田川

川の中にはたくさんの花びらが流れていました。
町田市成瀬恩田川

近くに来た鳩をパチリ
町田市成瀬恩田川

フラッシュをたいて小さな桜をパチリ
町田市成瀬恩田川

おっ、シラサギがいる!
町田市成瀬恩田川

飛び立つ瞬間をパチリ
町田市成瀬恩田川

水の流れがとてもきれいでした
町田市成瀬恩田川

桜とは関係ないけどきれいだったので・・・
町田市成瀬恩田川

今年も無事に花見が終わりました。
でも、今週は花冷えで、まだまだ寒いです。